業界分析 ・ 2026.05.19

ヘルスケア業界への転職を検討中の方向け|業界概要 — 5つの角度から見たお金の規模と流れ

はじめに

はじめまして。新井です。

世の中に貢献できる仕事がしたい、子供や学生時代の原体験といった理由から、ヘルスケアや医療の業界に転職をお考えの方もいらっしゃるのではないでしょうか。私自身も新卒ではインフラ企業に就職しましたが、その後医療業界へ転職して、そこから長らく医療業界で仕事をしてきました。

業界未経験ながらヘルスケア領域でのご転職をお考えの方に、これから何回かに分けて前提知識としての情報をご案内したいと思っています。医療業界の特徴として、専門用語が多く、その用語の定義を正しく理解して厳密に使うべき傾向があると思っていますが、私の記事ではあえて「分かりやすさ」を重視して文を書いていきたいと思います。

この記事では、全体観を掴んでいただくことを主目的に、ヘルスケア業界とは?何が内包されるのか?業界の規模はどれくらいか?お金の流れはどうなっているのか?についてご説明します。

「ヘルスケア」という言葉と内包される領域

和訳すると「健康管理」です。ここでは「ヘルスケア」という言葉の厳密な定義には触れませんが、「ケガや病気の治療」といった一番分かりやすいところに止まらない、予防や診断・その後のケアといった時間軸的な広がりがあること、身体に限らず精神的・社会的な広がりもあること、をここでお伝えしたいと思います。

そのため、ヘルスケア業界に含まれるのは、医療サービスを提供する病院・診療所・薬局にとどまらず、医薬品(製薬・創薬)、医療機器・診断、介護、ヘルスケアIT・デジタルヘルス、そして予防・健康増進/OTC・D2Cなど広範に渡ることになります。

角度① ― ヘルスケア産業全体のツリーマップ

ここではヘルスケア業界全体を、大きく6つの領域に分けて、それぞれの規模感のイメージを持っていただければと思います。

  • 医療サービス提供
  • 医薬品
  • 医療機器
  • 介護サービス
  • 予防・OTC・D2C
  • ヘルスケアIT
図1 ヘルスケア産業に内包される業界 ― 公的保険の内側/外側
公的保険の内側(医療費・介護費) 公的保険の外側(消費者が直接払う)

面積は市場規模に比例。医療費は2023年度・約48兆円、介護費は2023年度・約11.5兆円。医療費のうち薬剤費(医療費に占める割合の推計、約2割強)は製薬産業に渡る分、医療材料費は医療機器産業に渡る分の概算。薬剤費比率はDPC包括分を含まない推計値のため実額はやや大きい。外側は美容医療など自由診療・OTC・D2C・ヘルステックの消費者課金分で、規模は内側より大幅に小さい。

この6つを眺めると、ある大事な分かれ目が見えてきます。「公的な医療保険・介護保険のお金で動いているか、いないか」という境界です。

医療サービス提供、医薬品、医療機器、介護サービス。この4つは、基本的に公的保険のお金で動いています。具体的には、国民医療費(国全体で1年間に医療に使われたお金の合計のことです。2023年度で約48兆円[1])や、介護費(同じく介護に使われたお金の合計。同年度で約11.5兆円[2])の「内側」にあるお金です。一方、予防・OTC・D2Cは公的保険の「外側」にあって、消費者が自分の財布から直接払うお金で動いています。ヘルスケアITは、その両方にまたがる存在です。

図1は、この6つの領域を、ヘルスケア産業全体の中で面積として示したものです。公的保険の内側(医療費・介護費)が大きな面積を占め、外側(自由診療や予防・D2Cなど)は色を変えて小さく示しています。この一枚を見ると、ヘルスケアという産業の大半が公的保険のお金で動いていること、そして製薬や医療機器が医療費という大きなかたまりの一部であることが、ひと目でつかめます。

なお、産業ごとの市場規模を民間の調査で見ると、医療用医薬品は2024年度で約11.5兆円[3]、医療機器は2024年で約4兆円規模、美容医療は2023年で約5,940億円[4]とされています。ただし、医療用医薬品の約11.5兆円は、あとで説明するとおり医療費48兆円の「内数」、つまり48兆円の中に含まれている金額です。別々のものとして足し算してはいけない点に注意してください。

では、なぜこの「内側/外側」の境界がそれほど大事なのでしょうか。お金の出どころが違うと、ビジネスの性格そのものが大きく変わるからです。

公的保険の内側で動く業界は、需要が安定しています。病気やケガはいつの時代も一定数あるからです。その一方で、価格を自分で決められません。医療行為の値段(これを「診療報酬」と呼びます)も、薬の値段(「薬価」と呼びます)も、国が決めるからです。そのため、国の財政の状況や、2年に一度行われる診療報酬の見直しによって、業界全体の収入が直接左右されます。「ヘルスケアは不況に強い」とよく言われますが、これは需要が安定しているという意味です。価格を国に決められているという、別のリスクと表裏一体だということも覚えておくとよいでしょう。

公的保険の外側で動く業界は、価格を自由に決められます。その分、高い利益を狙えます。ただし需要は、景気の良し悪しや、宣伝のうまさに左右されやすくなります。同じ「医療」という言葉でくくられていても、保険診療(保険が使える医療)と自由診療(保険が使えない医療)では、お金の稼ぎ方も、競争のしかたも、まったく違う世界なのです。

転職先を考えるとき、「この会社は内側にいるのか、外側にいるのか」を見分けられるようになると、その会社の安定性・成長性・リスクの読み方が一段深まります。

ここからは「公的保険を通るお金」に絞って見ていきます

ここから先、この記事の図は、対象を「公的保険を通って流れるお金」に絞ります。具体的には、医療費の約48兆円と、介護費の約11.5兆円を合わせた、約60兆円です。

なぜ絞るのか。理由は2つあります。ひとつは、この約60兆円が、ヘルスケア産業でいちばん大きなお金のかたまりであり、業界を支える土台だからです。もうひとつは、公的なお金は国の統計で正確にたどれるため、「誰から出て、何に使われ、誰に渡ったか」を、金額の裏付けつきで描けるからです。自由診療やOTC・D2Cといった公的保険の外側にも市場はありますが、金額の桁が大きく違ううえ、統計の整い方も異なります。そのためこの記事では、いちばん大きな約60兆円に焦点を当てます。

この約60兆円を、これから3つの角度から見ていきます。「誰が出したか(出し手)」「何に使われたか(使い道)」「誰に渡ったか(受け手)」の3つです。同じお金を3つの方向から見ることで、ヘルスケア産業のお金の構造が立体的に見えてきます。

角度② ― お金の出し手

まず、約60兆円が「誰の財布から出ているか」を見ていきます。

図2 お金の出し手 ― 公的保険を通る約60兆円は誰が払うか
保険料 税金(公費) 自己負担

面積は金額に比例。対象は公的保険を通る約60兆円(医療費 約48兆円+介護費 約11.5兆円、いずれも2023年度)。医療費の財源構成は保険料50.2%・公費37.5%・患者負担等12.3%。介護費は給付費の50%を公費・50%を保険料、利用者負担が原則1割。保険料は労使折半分(事業主負担)を含む。自由診療・OTCなど公的保険の外側は含まない。

図2は、この60兆円を出し手で分けたものです。大きく3つの柱があります。保険料、税金(公費)、そして自己負担です。

いちばん大きいのが保険料で、全体の約半分を占めます(医療費の財源の内訳は、保険料50.2%・公費37.5%・患者負担等12.3%[5])。ここで転職を考える方に押さえておいてほしいのは、保険料の「半分は会社が払っている」という事実です。会社員の方が給与から天引きされている健康保険料や介護保険料は、本人と勤務先が半分ずつ負担しています。図2の中で「事業主の保険料」という独立したブロックになっているのが、その会社負担分です(2023年度の医療費でいうと、事業主の負担が約10.6兆円、本人の負担が約13.6兆円[6])。健康保険の負担は、個人だけでなく、企業の人件費コストにも直結しているのです。

次に大きいのが税金(公費)で、全体の約4割です。これはつまり、ヘルスケア産業の収入の大きな部分が、国の財政の状態に左右されるということでもあります。国の財布が厳しくなれば、診療報酬や薬価を抑える方向に動き、それが業界全体の収益を圧迫することにつながります。

残りの約1割が、患者・利用者が病院や薬局の窓口で払う自己負担です。実際に医療や介護のサービスを受けたときに自分で支払う金額は、かかった費用のごく一部にすぎません。大半は保険料と税金でまかなわれています(介護保険では、利用者負担を除いた給付費の50%を公費、50%を保険料でまかなう仕組みです[7])。この仕組みがあるからこそ、「ヘルスケアは需要が安定している」と言われるのです。

角度③ ― お金の使い道

次に、同じ約60兆円が「何に使われたか」を見ていきます。

図3 お金の使い道 ― 公的保険を通る約60兆円は何に使われるか
医療費(約48兆円) 介護費(約11.5兆円)

面積は金額に比例。対象は公的保険を通る約60兆円(2023年度)。医療費の診療種類別構成は医科診療72.4%(うち入院37.2%・入院外35.3%)、薬局調剤17.1%、歯科診療6.9%。介護費は11.5兆円を1区分として表示。

大きくは、医療費(約48兆円)と介護費(約11.5兆円)に分かれます。医療費のほうが圧倒的に大きいことが分かります。

医療費の中身をさらに見ると、いちばん大きいのが入院にかかる費用、次いで外来(入院せずに通院する診療のこと)にかかる費用です。この2つがほぼ半々で、二大ブロックになっています。病院のベッドと、外来の診察。この両方が、医療費のいちばん大きな使い道です。続いて、薬局で薬を受け取るときの費用(薬局調剤)、歯科の費用が並びます(2023年度の内訳は、医科診療72.4%(うち入院37.2%・入院外35.3%)、薬局調剤17.1%、歯科診療6.9%[8])。

この配分は、転職先を考えるときの距離感として役に立ちます。「病院や診療所に向けてサービスを提供する会社」と「薬局・調剤の分野でビジネスをする会社」では、相手にしている市場の大きさそのものが違います。どちらが良い悪いではなく、市場の規模と、これから伸びる方向が違う。そのことを、この図は教えてくれます。

介護費の約11.5兆円も、独立した大きなかたまりとして存在します。介護は医療に次ぐもう一本の柱であり、高齢化が進むなかで、最も確実に伸びていく市場のひとつです。

角度④ ― お金の受け手

3つめの角度は、約60兆円が「最終的に誰に渡ったか」です。

図4 お金の受け手 ― 公的保険を通る約60兆円は誰に渡るか
医療サービス提供(医療費由来) 製薬・医療機器(医療費由来) 介護事業者

面積は金額に比例。対象は公的保険を通る約60兆円(2023年度)。医療費48兆円のうち、薬剤費(製薬産業へ渡る分)は医療費に占める割合の推計で約2割強、医療材料費(医療機器へ渡る分)は概算。残りが医療機関・薬局の取り分(技術料・人件費など)。薬剤費比率はDPC包括分を含まない推計値のため実額はやや大きい。介護費11.5兆円は介護事業者の受け取り。

いちばん大きな受け皿は、医療機関(病院・診療所)です。次いで、製薬産業、調剤薬局、医療機器産業、介護事業者が続きます。

ここでひとつ、大事な注意点があります。製薬産業や医療機器産業が受け取るお金は、医療費とは別の数字ではなく、医療費の中に含まれている数字だということです。病院や薬局で使われた薬の代金は、もともと医療費の中に入っています。ですから「医療費48兆円+製薬の売上」と足し算してはいけません。製薬産業が受け取るお金とは、医療費という大きなお金の中から、「薬」という通り道を通って製薬会社に届いたお金のことなのです。図4では、その含まれている関係を正しく分けて、製薬・医療機器の取り分を独立したブロックとして示しています(医療費に占める薬剤費の割合は約2割強[9]。なお、この薬剤費の割合は、入院費に薬代がまとめて含まれるケース(DPCと呼ばれます)の分を除いた推計値のため、実際の金額はもう少し大きくなります。医療材料費は概算です)。

図2・図3・図4の3枚のツリーマップは、すべて同じ約60兆円を切り分けたものです。3枚を見比べると、同じひとつの池を、出口・使い道・受け手という3つの方向から見ていることが分かります。出し手で見れば保険料と税金が大半、使い道で見れば医療費が大半、受け手で見れば医療機関が最大。この3つの姿が、ヘルスケア産業のお金の構造の輪郭です。

角度⑤ ― 保険診療のお金は、どこから来てどこへ行くのか

最後に、この約60兆円のうち中心となる医療費の約48兆円に絞り込み、「出し手」と「受け手」を一本の流れとしてつないで見ていきます。

図5 保険診療のお金の流れ ― 医療費約48兆円のサンキーダイアグラム
財源 診療の種類 受け手・医療機関 受け手・製薬/医療機器

帯の太さは金額に比例。医療費約48兆円(2023年度)。財源は保険料50.2%・公費37.5%・自己負担12.3%(保険料は事業主の労使折半分を含む)。診療種類別は医科入院・医科入院外・薬局調剤・歯科ほか。受け手側で、入院や調剤に含まれる薬剤費が製薬産業へ、医療材料費が医療機器産業へ渡る。薬剤費はDPC包括分を含まない推計、医療材料費は概算。価格(診療報酬・薬価)は国が決め、2年に一度の改定で全体の金額が動く。介護費(約11.5兆円)はこの図には含まない。

図5は、医療費48兆円が、財源(誰が払うか)から、診療の種類を経て、受け手(誰に渡るか)へと流れていく様子を表したものです。「サンキーダイアグラム」と呼ばれる図で、帯の太さが、流れるお金の量を表しています。

左から、保険料・税金・自己負担という3つの財源が流れ込みます。保険料の帯がいちばん太く、自己負担の帯はいちばん細い。私たちが窓口で払うお金は全体のごく一部で、大半は保険料と税金でまかなわれている。その事実が、帯の太さの違いとして、ひと目で見て取れます。

中央の列が、診療の種類です。入院と外来がほぼ同じ太さの帯で並び、調剤、歯科ほかが続きます。財源から診療の種類に向かう帯は、どの財源も同じ割合で各診療に配分されるため、きれいに枝分かれしていきます。

右の列が、お金の受け手です。ここがこの図のいちばんの読みどころです。診療の種類から受け手に向かう帯をたどると、入院や外来のお金の中から、一定の割合が製薬産業へと流れていくのが見えます。これが薬剤費です。病院で使われる薬の代金は、患者から見れば「入院費・治療費」の一部ですが、お金の流れとしては、そこから製薬会社へと渡っていきます。調剤の帯も同じで、薬剤師の技術料の部分は薬局に残り、薬そのものの代金は製薬産業へ抜けていきます。医療機器産業へ向かう細い帯は、医療材料費にあたります。

この図がいちばん伝えたいことは、ヘルスケア産業で働くプレイヤーは、一本の太いお金の流れの「どの位置」にいるかによって性格が決まる、ということです。財源の近くにいる保険者、流れの本体を受け取る医療機関、流れの先のほうで薬剤費を受け取る製薬会社。同じ48兆円の流れの中にいても、立つ位置によって、ビジネスの安定性も、成長のしかたも違ってきます。

そして、この流れ全体には、ひとつの大きな特徴があります。流れる「量」を最終的に決めているのが、市場ではなく国だということです。診療報酬も薬価も国が決め、2年に一度見直されます。見直しで価格が引き上げられれば帯全体が太くなり、抑えられれば細くなります。保険診療の世界で働くということは、この「国が太さを決める流れ」の中で働くということを意味します。

まとめ ― 地図を持って、会社を見にいく

ヘルスケア業界のお金の流れを、最後に振り返っておきます。

ヘルスケア産業には6つの領域が含まれていて、その大半は公的保険の「内側」、つまり医療費と介護費を合わせた約60兆円の流れの中で動いています。この約60兆円は、出し手で見れば保険料と税金が大半(しかもその保険料の半分は企業が負担しています)。使い道で見れば医療費が大半。受け手で見れば医療機関が最大の受け皿で、その先に製薬・医療機器という産業がつながっています。そして保険診療の世界では、流れるお金の総量を、市場ではなく国が決めています。

転職を考える方にとって、この地図が役に立つのは、「行きたい会社が、この流れのどこに位置しているか」を自分で判断できるようになるからです。公的保険の内側か外側か。流れの本体にいる医療機関か、その先の製薬・医療機器か。それとも全体に関わるヘルスケアITか。その位置によって、その会社の安定性・成長性・リスクの性格が、大きく変わってきます。

次回以降は、この地図を手に持って、実際の会社が一社一社、流れのどこにいて、どんな人材を求めているのかを、具体的に見ていきたいと思います。今日の記事は、そのための地図そのものだと考えていただければと思います。

出典

  1. 厚生労働省「令和5(2023)年度 国民医療費の概況」結果の概要・第1表
  2. 厚生労働省「令和5年度 介護給付費等実態統計の概況
  3. IQVIAの調査による。日本経済新聞 2025年5月23日報道
  4. 矢野経済研究所の調査による報道
  5. 厚生労働省「令和5(2023)年度 国民医療費の概況」統計表第3表
  6. 同上・統計表第3表
  7. 厚生労働省「介護保険とは」介護保険財政の仕組み
  8. 厚生労働省「令和5(2023)年度 国民医療費の概況」統計表第4表
  9. 中央社会保険医療協議会「薬剤費等の年次推移について」。薬剤費はDPC包括分を含まない推計値のため実額はやや大きい。医療材料費は概算。

※図中の各ブロックの金額は、出典の構成比をもとに概算で丸めています。市場規模は統計の更新により変動します。